そして僕は死中に活を求め大願成就する

「またのご利用をお待ちしております。」
アウトポスト・テレポートサービスを使用して自国であるウィンダスに戻ってきた僕は、瞬間移動による軽い酩酊感の中、事務的にお辞儀をする係員に頷いてみせると、身体中の痛みを無視してモグハウスに向かって歩き出した。
今日も派手にやられた。傷は癒えているけれど痛みと違和感は多少残る。しょうがない事だけど。
顔をしかめながら連邦制式礼服を纏う。
ウィンダス連邦に認められた冒険者に贈られるこの礼服は、どうもそれなりに権威があるらしく道を行く人々が道を空けてくれる。
その為、普段より早く目的地に辿り着くことが出来たりする。
権威を笠に着るようでいい気はしないけど、利用できる物は利用したい。
この辺の兼ね合いは難しい所だね。
モグ前でガードに呼び止められてモグを呼び戻すかと聞かれたけど、後でと断って部屋に入った。
少し一人で考えたい事があったし。
見慣れた調度品。火のついた暖炉。無表情なマネキン。やっぱり自国のモグハウスは落ち着くなあ。
僕は暖炉の前に座り一息つくと、背負っていた鞄からひとつの兜を取り出し、感嘆のため息をついた。
暖炉の炎をうけ、金糸を大量に使って作られた兜はキラキラと光を照り返す。
兜の名前は早乙女桃形兜。僕が長年探し求めてきた装備だった。




デュナミス。呪われた地とも夢の中の世界とも呼ばれるその場所に、今日も僕は仲間と共に訪れていた。
終わりのないメビウスの輪を連想させるこの場所は、訪れる度に初期状態にリセットされ、前回倒したモンスターも再配置される。
資格を持つ者だけが数時間だけ、この場所を探索する事ができる。
この場所に訪れる者の望みは大概の場合に置いてレリックと呼ばれる貴重な装備を手に入れる事だ。
終わりのない、この永遠に続く世界に存在するモンスターだけが、多くの冒険者を惹き付けて止まない防具を所持している。
この日は64人という、デュナミスに侵入できる最大人数で行軍していたが、レリックはひとつも発見できていなかった。
名前持ちが守る砦を順調に攻略していくが、雰囲気は決して明るくない。
そんな中で第5砦に到着し、Count Vineとの戦闘を開始した。
かの伯爵のジョブは侍であり、侍として在りたいと思う自分にとって看過出来ない相手。
その事で肩に力が入っていたのかもしれない。
半死半生のダメージを受けふらついている伯爵に対して、先日新たに体得した八双の力を纏わせた僕の月を斬る一撃は、トドメを刺しきれず反撃を許してしまった。
仲間の黒魔導士がスタンを詠唱する声が聞こえるが残念ながら間に合わず、僕は絶命した。


数秒後、骨細工のエンチャンターに寄って付与された魔力で蘇生した僕が眼にしたのは、戦利品置き場に無造作に置かれた数枚の古銭と、金の兜だった。


なんてゆーか。実に締まらない話だと思う。僕が倒され、流した血が早乙女桃形兜を呼んだのだと最もらしく語る奴もいたが、根拠はないだろうね。
幸いその日、僕以外にその兜を必要とする者は居なかった為、仲間の祝福の声を受けながら無事に兜を手に入れる事が出来た。
その後の行軍でモンクと赤のレリックを得た後、僕らは現実世界に戻ってきた。
はっきり言って不作だったのは間違いない。


「・・・うーん。どうも実感が湧かないなあ。」
兜を見ながら僕は唸った。あまりにも長い間追い求めてきた為、どうも現実味が薄いようだ。
三日月に映る自分の顔を見ながら客観的に自己分析しててもしょうがないんだけどさ。
とにかく新たに頭を守る装備を手に入れたのだし、現在使用している装備を参考に活用方法を考えよう。
そう思って鞄から最初に取り出したのは明珍桃形兜だった。
実の所、明珍桃形兜はいつも鞄に入っていたりする。別のジョブで行動している時でもだ。
今でもこの兜を手に入れる為に3匹のデーモンと戦った事は克明に思い出せる。
そう、あの無双なる大武士という名声を勝ち取った戦いだ。
当時所属していたリンクシェルのメンバーに協力を頼み、4度の敗戦と数度の死を乗り越え手に入れた、まさに何物にも変えがたい装備。
あの戦いを乗り越えたから今の自分がある。その時からこの兜は僕のお守り代わりになった。
当時のメンバーはもう何人かは連絡が着かなくなってしまった。彼らは今何をしているのだろう。
とりあえず明珍桃形兜を早乙女桃形兜の隣に置いた。
・・・どうでもいいけど、この2つは、金糸と赤糸及び彫金の差以外デザインが同じだな。
もうちょっと変えても良かったんじゃないのか、制作者。明珍一族と早乙女一族って別々なんだし。
まあいいんだけど。
次に取り出しのたはワラーラターバン。噴水前で募金していたハゲヒュムに貢いで手に入れた。
これは別に大した思い出はない。次。
引っ張り出したのは落ちくぼんだ眼窩がこちらを睨付けているようなワイバーンヘルム。
竜の頭蓋骨をそのまま使用した傑作だ。
このヘルムはかつて侍の修業時代、友人のモンクと黒魔導士と幾度と無く組み、共に高見を目指した記念品だ。
最後に組んだのは龍王ランペールの墓だった。
そこで僕らは、それぞれのジョブの最終地点に達したんだ。
二人はそれなりに元気にやっているようだ。交流もたまにはある。深夜寝る前にボムクイーン手伝ってくれとか言われた時はさくっと断ったけど。
最後に取り出したのはヤグードの頭を模したヘッドギア。
戦闘用ではなく趣味で、知り合いの裁縫師2人に骨を折って貰って作ってもらった大切な一品。
恐らくこれは墓まで持っていくと思う。まあこのヴァナディールではなかなか死ねないんだけど。
さて、それでどう使おうか。
・・・なんか考えるのが面倒になってきた。
身体は痛いし、暖炉の火は暖かいし、耳障りなモグの羽音もしないし、小姑みたいに小うるさいモグは居ないし、くるくるまわって目障りなモグは居ないし。
いや、他意はないよ、ほんとほんと。
「明日やろう明日。」
実際の所何も片づいてないんだけど、多分果報は寝て待てというやつだ。知らないけど。
僕は大きくあくびをすると、ブロンズベットに飛び乗り、毛布の中に潜り込んだ。
「・・・。」
でもってベッドから飛び降りて早乙女桃形兜を抱え上げてもう一度ベッドに飛び乗り直した。
なんか今更ながら、手に入れた実感が湧いてきた。
起きたら夢でしたとか、切なすぎる。今日は抱いて寝よう。
起きたらモグをよんで、アイテム整理して、装備の使い道考えてとか色々やらないといけない事があるけど、なんだかよく眠れそうな気がする。
ずっとこだわり続けていた事柄が解消されたからかな。侍として一歩、踏み出せた気がする。
毛布の中で満足のため息をつくと僕は、眠りについた。